「……いやほんと、その、僕が悪かったから」
「浮気性はよくない、よくないんだよっ」
「こ、今度会った時埋め合わせするから!」
「今してよう!」
頬を赤らめて怒るセレネちゃん、心持ち周囲の潮位も上がった気がする(たぶん)。
そりゃまあ彼女とも微妙な関係とはいえ、セレネちゃんをほっといて他の子を口説いてたら怒るよな。
「ぶー……まあ、まだ恋人どうしってわけじゃないんだし、きみが浮気性なのはわかってるけどー」
「いやほんとスミマセン」
「この子と付き合い長いの? えーと、きみの幼馴染の名前……」
「透子ちゃん」
交野(かたの)さんちの透子(とうこ)ちゃん。
僕の幼馴染みだ。
可愛い名前だと思うんだが、そう言うと透子ちゃんはいつも不機嫌そうな顔になる。
「そうそう、透子ちゃん。わたしが身体を使わせてもらってる……」
「僕は〈代理人〉と呼んでるけど」
「呼んでるね。でも〈代理人〉って、なんなのかな?」
「いや、それは僕が教えてほしいというか、なんで君が知らないのさ」
「やー、わたしもある日気付いたらいきなり地球にいたんだよね。だから、なんでこの子がわたしを受信してるかとかはさっぱり」
「受信って……」
でも、確かにその言葉は僕の考えとも近い。
〈代理人〉というのは、たぶんアンテナのついたテレビみたいなものだ。
テレビの中には外国人が入っている訳ではないが、チャンネルを合わせれば外国人の話を送り届ける事もできる。
今は透子ちゃんから、セレネちゃんという人格(ルビ:でんぱ)が放送されている訳だ。
「……なにだまってるの?」
「で、そのテレビにはカメラやら何やらの機能もついていて、見た事や聞いた事を月まで送り届けてもいると……や、こっちのこと」
「受信してた?」
「たぶん、チャンネルが混線したのかな。……いや、僕がじゃなくて」
「こわれた?」
「僕はデンパさんかよ!?」
「やー、大宇宙帝国の銀河大統領の話とかしたりする?」
「楽しみっぽい顔で言うなよ!」
「そ、そんな顔してないよ? えーと、それって〈代理人〉のこと?」
「……そうだよ。ある日たまたま君の人格が憑依しちゃったとか、そんな感じかな」
「うーん……」
セレネちゃんは納得いかなげだが、僕だって納得はいってない。
突然誰かの人格が別の誰かに乗り移る(しかも38万km越しに)なんて、隕石に当たるよりありえないよなあ。
「ま、いいや。あんまり気にしててもしょうがないし」
「切り替えが早いのは心の底から君のいいところだと思う」
「埋め合わせ、して。何してくれるの?」
「え? あー、えーと……食事とか」
「わたし、ごはん食べても味よくわかんない」
「プレゼント」
「透子ちゃんのものになっちゃうじゃん」
「誠意ある言葉」
「信用できません」
「…………」
「…………」
「……あ、頭をなでさせてください」
「……どーみてもそれ、埋め合わせになってない」
「ごめん、後退しすぎた。嫌?」
「え? えーと、そうじゃなくて」
「なら、OK?」
「……お、おっけー」
彼女の頭に手を乗せると、その身が恥ずかしそうに震える。
勿論その身体は、僕も見慣れた透子ちゃんのものだ。
でも、やはりセレネちゃんはあの強気な幼馴染とは別人なんだと、実感する瞬間だった。
「どんな感じ?」
「なんか、ふわふわしてよくわかんない。いつもそうだけど……」
「いつも? それは、〈代理人〉を経由してるからかな?」
「たぶん……きみと触れあってる時も、いつも布越しにさわりっこしてるみたいな感じ……」
彼女の髪はさらさらして気持ちがいいし、身じろぎして見上げる視線はとても可愛いと思う。
僕は楽しい。それを共有できない事は、悲しいけど。
「んー、それにしても実にここちよい感触……」
「…………」
「シャンプーとかリンスとか、どういうの使ってるのかな……」
「…………」
「こうしてこうして……おお、ツインテールができた」
「…………なにやってるの」
「いや、ちょっと小学生のように童心に帰って」
そう言いつつ、にわかに僕の手は止まっていた。
いや、その声がえらく不機嫌そうなのは気付いてたんだ。
「あなたの髪も手入れしてあげましょうか?」
「……は、ハサミで?」
「鉈で」
「ヘッドクラッカー!?」
慌てて手を離して謝る。
そのきつい目線は、やっぱり透子ちゃんのものだ。
「……また?」
「また」
〈代理〉をしている当人であるところの彼女は、僕ら以上に事情には疎いんだが。
このひとことで、最近はだいたいの説明が済んだことになってしまう。
「それにしても、勝手に女の子の髪に触るものじゃないわよ?」
「いや、一応あっちの許可は取ったんだけど……」
「ホント?」
「まあまあ。それより送ってくよ、最近物騒だし」
「うーん……あれ? あの子、誰?」
「誰って? 僕の視界には見えないけど」
「いや、ほら、あなたに手を振ってるじゃない、女の子が」
「さっぱり視界に映りませんが」
「……可愛いワンピースを着た娘が、あなたに向かってるんだけど」
「全く身に覚えがありません」
「いや、もうあなたの目の前にまで走ってきて……あ、抱き着いた」
「うおぉぉおおぉっ!!?」
全身全霊をかけてその生き物を引き剥がす。
「あん……そんなに乱暴にしないでください、お兄様ぁ……」
「いいから離れろぉっ!」
そいつは、僕の実の弟だ。