この街で最も空の広い丘。
僕は月夜の丘にて、〈代理人〉を通して彼女と会話をしていた。
〈代理人〉はいつもと同じように、短く切り揃えた髪を風になびかせている。
僕と彼女の〈代理人〉経由での会話も、もう何回目になるだろうか?
「……ねえ、いいでしょ? わたしも一度くらい、あなたと直接会ってみたいよ」
「それは……いや、僕だってそれはやまやまだけどさ」
「ほんとに?」
「ほ、ほんとほんと」
「なんだよう、その言い方。わたしと喋ったりするの、いや?」
「いや、もっと仲良くなりたいに決まってる。これでも僕には、君以外に女の子の友達なんていないんだ!」
「ほ、本音のお付き合いって気持ちいい!」
「正直な話、君とねんごろになれるなら僕はルパンダイブを習得してもいい」
「ふじこちゃん! いやその、その辺の話は恥ずかしいからまたの機会に」
「うん、実は僕もちょっと恥ずかしかった」
「でもまあ、それなら会うだけなら別に問題は――」
「いや……あのさ、言いにくいんだけど」
「ん?」
「君は、その……僕にとっては、ちょっと体重が重すぎるんだよ」
「え゛」
「――ひ、ひどっ!? なにそれひどっ!? ていうかねんごろって言ったのになにそれ!?」
「僕だって1キロや2キロじゃどうこう言わないよ!」
「そ、それならっ」
「でも人間の標準体重を、7.36かけるところの10の22乗キログラムほど上回るのはいくらなんでも酷すぎるだろ!?」
「わ、わたしにそこまで痩せろと!?」
「そうだ! もうちょっと分かりやすく言うと、7360京トンほどダイエットしてほしいんだ!」
「けい!? 常用単位で表現しきれないぽっちゃりさんがここに!?」
「……まあ、今すぐやせろとは言わないよ。代わりになる質量の確保とかも考えなくちゃいけないし」
「う、うー」
「でもまだ会えないのは、君にもわかるだろ?」
「う…………」
「今のままの君が、ここに来ると……その、地球とか、滅亡しちゃうし」
「………………」
「そうだよな、セレネちゃん?」
「……う、うわーん!」
〈代理人〉は今の彼女の感情に同期して、ひぐひぐとしゃくりあげている。
彼女は月だった。
夜空に浮かぶ直径3500キロ。質量はさっき言った通り。
こんな風に〈代理人〉を使って僕と会話をする彼女の正体を、いつ信じたかと言えば――
うん、そうだな。
最初に彼女を体重についての事でからかった5秒後、“観測史上最大の大潮”に呑み込まれたその時だろうか。
セレネちゃんの切り返しの数々には笑わせて頂きました。…こういうのもいいですね。
ふたつもコメントをつけてくれてありがとうございます。
とりあえずアホな会話を心がけました。実際こういうのもいいかなあ、と。
>ジャーン! ジャーン!
げえっ!関羽!