のよすが最終章『わたしたちに、なにができるだろう』(blog side)

「――で、よっこ、古本屋の店主さんとのお話はどうなったの?
 もうお店のけんりしょとかもらえた?」
「それはもらえないです……
 ええとさ。前にアリチェと“あの人”が二人っきりになってた時、あったよね。
 私はその時、店長とお話してたの」
「なんて?」
「権利書をもらうのは……うーん、人生がかかるようなお金が動くんだし、さすがに無理だよね。
 だから私は言ったの。私はただこのお店に、そのままでいてほしいだけなんですって。
 店長がお年のせいで辛いなら、店長がオーナーになって、わたしは雇われ店長とか……
 いや、私の扱いはなんだっていいの。
 とにかく仕事の配分をスライドさせたらどうでしょうか、って……」

「よっこ、そこまで考えてたんだね。
 ……でもなんか顔色がよくないのは、お話をことわられたから?」
「断られては、いないけど……
 ……むずかしいことを返された」
「ふえ?」
「あのね、店長とわたしが話したことはね――」

「……そりゃまあ、悪い話じゃない。
 あたしだって古本稼業に未練はある。そのままで続けさせてくれるんなら、有り難くって涙も出るさ。
 だが西東さん。あたしが涙にむせぶかどうかと、良い店ができるかってのは別の話だ」
「わ、私が店長では良い店は作れない、ということでしょうか……?」
「そうは言ってないよ。
 だがその話は、西東さんが頑張ってあたしの真似っ子をしますって風に聞こえちまう――
 結局のとこ、それで出来上がるのは、無理しただけの普通の古本屋だろう」

「そんな……」
「それじゃもたんよ、一年潰れずにいられればいい方だろうさ。
 いいかい西東さん。浮き世に“そのまま”なんてもんはないんだよ。
 あたしの店をそのまま継ぐなんてのは土台無理だし、たとい出来たとしてもつまらねえ――
 それでもこの店を引き取りたいってなら、あんたは自分なりの店ってやつを考えにゃならんのさ」

「私なりの店……ですか?」
「それが古本屋じゃなくても別にいいんだ。
 喫茶店、雑貨屋――ああ、ほんとに何でもいいのさ。
 あたしがこの店を二十年ほど続けてこれたのも、そりゃあ自分に合ってたからに決まってる。
 西東さん、あんたさんに合ってるモノ、得意なコトってのを、とにかく考えてみてくれよ」
「わたしのできるモノで、お店としてできるコト……
 なにか、あるのかな……」

「なにかはあるだろうよ。
 趣味が特技かわからんが、これをずっとやってましたってのが、西東さんにもあるんじゃないか?」
「それは……
 ええと、その、それは――」
「うん? あるけど見せられない、って顔かね。
 まあそれなら、見せられるようにひねるなり、二番目に得意なものにするなり、適当に考えてくんな。
 そいで何日かしたら、その話をあたしにしてくれよ――
 ――それをもって、次期店長の採用面接ってコトにしようかね」

「あー……
 むずかしいね?」
「うん。私……わからなくなってきたの。
 最初はあの古本屋をそのままで守りたいと思ってたけど……でも、それはお客さんの方を向いてない考え方かもしれない。
 それより自分なりに、どうすればちゃんとやっていけるお店を築けるか、考えた方がいいんじゃないかって。
 でもいまの店をそのまま保つために頭をひねるより、新しい店について考えるほうが、ずっと不安になるコトだよ……」

「うーん、そういう時はさ、自分にできること――っていうか、もうやってることから始めてけばいいんじゃない?
 あ、そうだ。よっこぬいぐるみ作れるじゃん、それを売り物にしようよ!
 本もぬいぐるみも売るお店とかどう? かわいいよー?」
「いや、そんな安易な……
 アリチェ、ぬいぐるみ屋さんって大変だよ?」
「そっかな?」
「うん。手縫いだと作る時間もあるし、安く多く売ろうとしたら縫う時間だけで一日が潰れちゃう。
 だとしたら価格は、ええとこれくらいに設定するしか――でもこのお値段でお店として成り立つかな?
 そうだね、ぬいぐるみだけじゃなく本とか、仕入れて売るものもあった方が……
 ううん、でもそれだけじゃ弱いかな。ならもしかして、喫茶店と併設するっていう手も――」

「おお?
 これじつは乗り気なやつー?」
「……わかんない。
 ううん、何日か考えさせて。
 けどアリチェ。私、自分のことじゃだけじゃなくてアリチェのことも心配だよ?」

「わたしの……
 それって、お父様のこと?」
「うん。
 アリチェのお父さん――ヴァルトルさん、今はアリチェを連れ戻すためにこの町に来てるんだよね?
 それにアリチェ、お父さんに対しては……」
「……うん。
 わたし、よわい、から」
「…………」

「――あ、やば、い。
 お父様の、におい……」
「……え、ほんと!?」
「そうなの、遠いけどわかるよ……」
「いま、まわりに誰もいないけど――
 ……もしかして、あのすごい遠くにいる外人さんがヴァルトルさん?
 吸血鬼の嗅覚って、ほんとにすごいんだね……」
「――――」
「……大丈夫、そんな顔しなくてもいいよ、アリチェ。
 もういっちゃったよ、あの人」

「う、うん。わたしたちには気付いてなかったみたいだね。
 ……あれ、気付いてなかったって――
 え……なんだか……おかしくない?」
「? アリチェ、なにがおかしいの?」
「吸血鬼はみんな鼻がきくから、わたしはお父様のにおいがわかったの。
 でもお父様は、わたしのにおいに気づかなかったっていうこと?」
「……そう、だね。
 でも、気付かないフリをしてたのかもしれない。
 もしかしてアリチェのお父さんって、けっこう気紛れな人……?」
「いや――ない、それはないよ。
 お父様はいつも、他人に自分のルールを押し付けるし、自分も自分のルールで縛って動いてた。
 わたしに気付いても話しかけないっていうのは、お父様のルールじゃない、と思う」

「……そっか。それなら――
 少し話は変わるけど。アリチェのお父さんはなんで今このタイミングで日本に来たのかな?」
「え? ええと……
 わたしを連れ戻したいんなら、今まで待つイミがない――っていうこと?」

「うん。なんで今なのかな、今この時期にいみがあるのか、それとも時間が経ったことそのものにいみがあるのかな、って考えてたの。
 においに気付かない吸血鬼、時間が経ったことのいみ、それってつまり――
 アリチェ。お父さん、いま何歳?」
「それは……
 ええと、たしか100歳をちょっと過ぎたくらい。
 でもうちの種族は、すごく寿命に個人差があって……つまり、だから……」

「……ああ。その言葉はやっぱり、人間でも吸血鬼でも、同じ重みがあるみたいだね。
 その言葉を、わたしは“老化”って呼んでるんだけれど」
「あー……そう、か。
 よすが。大人って、とおいと思ってたよ。
 何でもできて、こわくて、だから忌々しいんだって。
 でも、そうじゃない、のかな」
「うん、わたしも似たことを考えてた。
 わたしは……自分があの古本屋の店主さんみたいにならなきゃいけないと思ってた。
 だからがんばらなきゃいけないって、先は長いって……
 でもそれだって、甘い考えだったかもしれないね」

「わたしも、ね。
 ずっと高みにいるお父様と、なんとか対等になりたいって思ってた。
 でもそうじゃなくて、お父様といま、勝負しなくちゃいけないとしたら――
 ……だめだよ、やっぱり怖い!
 さっきの話だって、やっぱりすいそくだよね……?」
「……それもそうだね。
 お父さんにもう一度会って老化してるかどうか聞いてみよう、というのは無茶かもしれない。
 ヴァルトルさんを知っていて、相談に乗ってくれる誰かがいてくれたらいいのに……」
「お母様……は、相談には乗ってくれないかも。
 ううん。お父様のことはしらなくても、吸血鬼について知ってる誰かがいてくれたら、いいはなしあいてになってくれるかな……?」

「そうですね、わたしなどはいかがでしょう」
「――うわ、出た!」
「……あー。出るかー」

「歓迎いただけているようで何よりです。
 お二人とも、ご無沙汰しておりました。
 皆さんのお友達のしゃべる猫ですよ」

「しゃべる猫で悪魔だよね?」
「よっこにろくでもないことしてたよね?」

「にゃーん。
 ――過去のことはともかく。
 いま何かお困りでしたら、相談に乗りますよ?
「……そうだね、前あなたが私にしたことだって、悪いばかりじゃなかったし。
 それなら、あとであなたの住処に行かせてくれるかな。
 そこで少し話そう。それでいいよね?」
「それならひとつだけ指定させてください。
 お話するならお二人とわたしで、ではなく、三人とわたしでお会いしましょう」
「わたしとアリチェと――それと“あの人”もっていうこと?
 それは――あの人がいてくれた方が心強いし、わたしもそのつもりだったけど。
 でも、なんでわざわざ……」

「そうですね。
 それは、より良いお別れのためです」
「……いっていることの、いみが……
 いや、それはいい。あなたが何か企んでるのは前からだから。
“あの人”に危害は加えない。
 それだけを約束にして、アリチェのために話ができるなら、私はそれでいいんだよ――
 ――ねえ、パディシャ」

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