おくらだし『アマゾンの女王の腰帯』(いち?)

『こんばんは、ぱんつです』
「帰れ」


 
 白くてちいさな布が、あたしの部屋にふよふよと浮かんでいた。
 おんなのこな感じのくしゃくしゃした布地、紐で作られたかわいらしい両側の結び目、真ん中のあたりの布はちょっと厚くなってて、うん。
 どう見てもぱんつです。
 
『今夜は佳い月が出ておりますね。この部屋にあるのはちいさな窓ですが、切り取られた月光もまた美しいものです』
「ぱんつに無視された!? 帰れって言ったのに!」
『サッポーは“時は刻み 過ぎゆくも われはただ 独りし眠る”と吟じました。ですが、わたくしとあなたの出会いは』
「ぱんつがギリシャ文学の引用まで!?」
『……ご、ごめんなさい。わたくし人間の方とのお付き合いは本当に久しぶりなもので、初対面の挨拶のしかたもよくわからないのです』
「そういう問題じゃないよっ!」
 
『ともかく、その……いきなり帰れ、とは、いささか乱暴ではありませんか?』
「まあ、そうかも……いや、ナンナンデスカアナタハ?」
『はい。わたくし、はるばるオリンポスよりここ日本まで降ってまいりました』
「……へ?」
『アマゾンの女王、ヒッポリュテの腰帯。日本語では、わたくしをそう呼ぶでしょうか』
「いやきみどこをどう見たって帯じゃないよ!?」
『ああ、それはきっと誤訳のせいですね』
「ご、誤訳?」
 
『わたくしギリシャでは、HippolyteのZosmaと呼ばれるものだったのです』
「ぞ、ぞすま……?」
『そう、ギリシャ語のゾスマ(Zosma)は“腰の布”つまり下着を示す言葉なのですが、これは“腰帯”とも訳せる単語であり――』
「――ふ、ふざけんなぁっ!」
『ひぐぅっ!?』
「神話の時代にそんなフリルつきショーツがあるかっ! 学術考証なめとったらしょーちせんぞこらぁっ!」
『く、首、首が絞まっ……!』
「ぱんつに首なんかないわよっ! あたしはただこのフザけた布切れを処分したいだけ!」
『わたくし貞操の危機!?』
「ふふふ、こういう布ってガソリンかけて燃やさないとダメなんだよね……」
『きゃーっ!?』
 
「……まったく、暴れないでよねー」
『汚されるのは嫌に決まってます。わたくし神話的存在ですし、たかが火油ごときで燃やされる事はないとはいえ』
「しんわてきそんざい……」
『馬鹿にしてはいけません、これでも目撃したら正気度減りますよ?』
「うん、それは分かってたよ。……きみの正体についてはシリーウォークで百歩譲るとして、ちょっといい?」
『なんでしょうか?』
「“ヒッポリュテの腰帯”って――つまりきみって、軍神アレスのつけてた腰帯だったっていう説があるんだけど」
『……あ、アレスさまがどうかされましたか?』
「アレスって、どう考えても男の神様……」
『…………』
「…………な、何そのあからさまな沈黙!? どうなの、いったい何があったの!?」
 
「お、大声出し過ぎてのど痛くなってきた……」
『まあ。大丈夫ですか?』
「だいじょうぶくない。ていうかきみ、あたしのところに何しに来たのさ……」
『それはもちろん、わたくしを履いていただきに』
「まて。なんでそうなる」
『腰布は身につけられるためにあるものですよ?』
「落ち着けあたし、叫んだら負けだ……“なんであたしに”とか“わざわざ日本まで来るか”とか“そもそも部屋に勝手に入るな”とか考えるな……」
『……申し訳ありません。窓が空いていたもので、つい』
「つい、なによ?」
『つい、わたくしを必要としていたらしい方に』
「…………は?」
『どうしてあなたは、下着をつけていらっしゃらないのですか?』
「え、あ、な――し、したっ、しっ、なんでぇっ!!?」
 
『も、申し訳ありません。やはりその、秘密だったのでしょうか?』
「み、み、見た……っ!?」
『いえ、わたくし同族の存在は直感的に理解できるもので。あなたは和服を着ているようでもないですし』
「な、なんだ……うー、まだわかんないところはあるけど、大体筋が通っちゃった気がしないでもない……」
『……もしかして、下着は盗まれたのですか?』
「いや、盗まれたっていうか、なくしたっていうか、元からないっていうか」
『…………は?』
 
「あ、あの、そのう……いつからだろう、あたし、いつもぱんつをはかずに過ごすようになって……」
『………………』
「人前でも、こう……なんか下を着けずにスカートだけはいてたり、しかもわりとミニだったり……」
『………………』
「腰のあたりを見られると、えーと、きゅんとかきゅんじゃないとか、きゅんってなったりとか」
『………………』
「ち、違うよ? ――そ、そうだ、買うお金がないんだよ! ほらあたし仕送りで暮らしてて、この部屋も狭いし、貧乏だし!」
『………………』
「い、いや、そのでも、ちょっとちょっくらだけクセになってたりほんのちょっとかもだけど!」
『………………ひとつ、言っていいですか?』
「ど、どうぞ」
『この変態』
「ひぐぅっ!?」
 
 そしてなし崩しのまま、今夜はこれといっしょに過ごす事になったあたし。
 念願のひとり暮らしを始めたあたしの部屋のお泊まり第一号は、ぱんつでした。
 
『――そして、わたくしが下界にて言葉を交わしたはじめてのお方は、ぱんつはいてない変態さんでした』
 
 うるさいよっ!?

4件のコメント

  1. 状況的にも変態的ですね!
    なにげにゴースト化できそうなコンビでもあります。いや多分実際にはやらないけど。

  2. いえ、初回起動でスカートがめくれます(真顔)
    実際ゴーストで作るならエロコメっぽくなるかなとは思います。みんながそういうのが好きな訳じゃないですし、難しいところもあるでしょうけど。

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