『…………』
「……なー、諦女(あきめ)」
『あ……なんでしょうか、ご主人様?』
「暇だ。なんかしてくれ」
『あ、はいっ。それじゃ、今日はその、お口で』
「いや、そういう気分じゃないんだ」
『え? じゃあ、前みたいに縛ってとか……』
「それも前失敗したしなあ。亀甲縛りとかそうそう綺麗にできるもんじゃないですよ」
『えええっ。じゃ、じゃあ、もしかして、お尻で……』
「それは浣腸とか準備しとくから今度」
『え……と、じゃあ……』
「なんか面白そうなやつ、ない?」
『……ごめんなさい』
「ないの?」
『も、申し訳ありません……ご主人様、わ、わたしに飽きて、しまわれたのでしょうか……?』
「んー……」
『ご、ごめんなさ……ごめんなさい、す、捨てないで……』
「――じゃあ、嘘をついてくれよ」
『え?』
「諦女、エイプリルフールって知ってる?」
『エイプリルフール……一年に一度の、嘘をついてもいい日ですか?』
「そうそう。おまえだって言葉もしゃべれるし、ものも考えられる。なら、嘘の百や二百は余裕でつけるはずよ」
『で、でも、ご主人様に嘘をつくだなんて……』
「嘘にも種類があるのさー。ひとを楽しませる嘘と、そうでもない嘘とかさ」
『え、えっと……でもそんな、わたしが人を楽しませるだなんて……』
「ゴシュジンサマのメイレイが聞けませんか?」
『ご、ごめんなさいっ! ……わかりました、やってみますっ』
「さあ楽しませたまえ。れっつえんたーていん」
『え、えっと、えっと、じゃあ……わ、わたし実は男の子なんです!』
「解雇」
『ヒィッ!?』
「一秒でバレる嘘ついてどーすんだよ。そういうことはせめて服着てから言え」
『ご、ごめんなさいごめんなさい、やりなおしますから考え直しますからっ!』
「じゃあ解雇取り消し。もーちょっとこう、こみいった話頼むな」
『は、はい……』
「…………」
『…………』
「……(まだかなー)」
『むかし……こほん。むかしむかしあるところに、かわいいねこみみの女の子がいました』
「それって、おまえのこと?」
『ち、ちがいますっ。……えっと。その女の子はとっても肌が白い、巫女さんだったんです』
「ふむふむ(そういやこいつ、前巫女が出てくるマンガ読んでたっけ)」
『その巫女さんは、えっと、神社? ……に来るひとたちの話を聞いたり、お世話をしてたりしたんです』
「お世話って、どんなの?」
『え、それはその……えっちなこととか?』
「最近の巫女は進んでるなあ。あ、いや舞台はむかしむかし、か」
『えっと、……それでですね。巫女さんのところによく通っている、ひとりの旅人さんがいたんです』
「ほほう。そいつが重要人物な訳だな?」
『はい。旅人さんは、巫女さんのことが好きでした。旅人さんは、巫女さんといっしょに暮らしたかったんです』
『旅人さんは言いました。
“ねこさん、どうか俺のところに来ておくれ。俺は君を幸せにしたいんだ”
巫女さんはこう言います。
“ねこはもうしあわせなのですよ。ここにいて、たくさんの方とおつきあいすることが、ねこのしあわせなんですから”』
『それでも旅人さんはあきらめません。
“俺で幸せになってくれ。俺が幸せと感じているものと、同じ幸せになってくれ”
巫女さんは悩みます。
よくわからないけれど、もしかしてわたしはこのひとに愛されているのでしょうかと』
『そうしてふたりは、しばらく後に結婚しました。
ご主人様、夫婦の生活ってどういうものなんでしょう?
よくわからないけど、きっと旅人さんは巫女さんを愛していたし、巫女さんも旅人さんを愛していたと思います』
『月日が経って、巫女さんはお子さんを産みました。
そのお子さんも、とっても愛されていました。
月日が経つにつれ世の中も変わり、巫女さんも旅人さんも年を取っていきました。
けれどふたりの愛は変わらなかったのです。二人はどちらも、人間だったのですから』
『そして何十年もの歳月が経った後、巫女さんにお孫さんが生まれます。』
『お孫さんは「飴ちゃん」と名付けられました。
巫女さんはお孫さんを抱いてこう思います。
この子にはたくさんおいしいものを食べさせよう。
この子には幸せになるやり方を、たくさん教えてあげよう。
おなかがすいた時、人なんか食べなくてもいいように』
『そして巫女さんは家族のみんなと、いつまでもしあわせに暮らしました』
『わたしが考えたのは、そういう嘘です』
「…………おわり?」
『はい。あ、あの……ご主人さま、いかがでしたか?』
「んー……」
『へ、ヘンでしたか? ごめんなさい、あのわたしはじめてで、うまくいかなかったと思いますが、その』
「……わざわざいろんな本を読ませた甲斐はあったかな」
『え? あ……そ、それって……』
「お疲れ様。休憩しよっか、ココア飲む?」
『……はいっ! いただきますっ、あ、あの、ありがとうございます!』
「ところで諦女」
『なんでしょう?』
「エイプリルフールは4月1日だよ」
『……え?』
「嘘をついていい日でもないのにご主人様を騙すなんて。さあ休憩の後はおしおきだ」
『きゃーっっ!?』
“にゃあ、なお、にゃあ……
……はい、おはようございます。
最近はよく居眠りしちゃいますね。旅人さんですし、疲れてるんでしょうか?
それとも、むー。ねこがあなたの好みの女の子じゃないからいけないのでしょうか……
……えっ?
ね、ねこの男の人の好み、ですか?
それは……むずかしいですよう。男の人は、みんなねこの大事なお相手ですし……
あ、さわりがいのある人はいいですね。
すべすべの肌とかでもいいですけど、頬をなでるだけで嬉しそうにしてくれる人は、とっても素敵です。
性格は、そう、ですね……
――ねこはこれから、少しわがままなことを言います。どうか嫌わないでくださいね。
優しくて強引な人がいいです。
ねこのことを分かってくれた上で、ここから連れ出してくれるような、そんな人がいいです。
……こういう言い方をすると、誤解されるかもしれませんね。
ねこは、ここから逃げたい訳じゃないですよ。
神殿はいいところです。ねこはこの神殿のいいところも、嫌なところも、たくさん知ってます。
ねこはこの閨を必要としています。ここにいるのが、今のねこの幸せです。
……でも、それでも。
いつか閨の方が、ねこを必要としなくなるでしょうから。
いつまでもここにはいられないのです。
いつしかこの閨を、立ち去らなければならないのです。
それに平均寿命というものから考えると、ねこはあと20年も生きられないそうですね。
あと20年を同じ色で塗り潰して、同じままの巫女として死んでいくよりは――
――わたしは成長して、巫女ではない別の何かに変わっていきたいです。
わたしはいつか、成長して……お、お母さんに、なりたい、です……
……だから。ほしいのは、優しくて、強引で、触りがいのある男の人です。
いえ。女の子でもわたしが成長する時に、それを助けてくれるようなひとならば、わたしはその人を一生忘れません。
わたしが変わることを恐れる時、手を引いてくれるような、そんな人なら……
…………あ。その、ごめんなさい。
こんなの、旅人さんにするような話じゃないですよね?
ここから連れ出して、なんてあなたが言われても、困るだけなのに……
――ごめんね。
ねこばっかり、喋りすぎました。今度はどうか、あなたの気持ちをねこに伝えてください。
言葉と指とからだで、伝えてくださいね。
そうすれば秋には芽が萌えて、わたしもよい子を産めるかもしれませんから”