外伝『姿変えの魔女、白い翼』(後編)

 私の名前を聞いてください。


 
〈仔犬〉が人間と出会ってから、二ヵ月弱の時間が経過したころの話だ。
 彼女と巌は、キョウコの家からほど近い食堂の中にいた。
 ここは店つきの料理人が腕を振るう場所ではなく、各自にキッチンを貸すだけの調理場だ。
 だが設備が揃っていることもあり、最近はむしろ他の料理店を上回る賑わいを見せている。
 ――焼き鳥の煙とガス状生命の区別ができない子供、漬物の高速育成を試している少女、スロークッカーを抱えたまま眠りこんでいる眼鏡の男。
「キョウコは?」
「サークルの例会だってさ。あれで色々なとこに首突っ込んでるんだよ」
 そして岩のような質感の肌をした男と、黒髪の幼女――〈仔犬〉。
 一年前の毛玉の名残は、いまや真っ黒な髪にしかあらわれていない。ガラス玉のように透徹した瞳以外は、どこから見ても人間の子供そのものだ。
〈仔犬〉は巌お手製の鮭粥を前に、茫洋とした表情で椅子に座っている。
「さーくるって、なに?」
「同じ趣味の奴らが、集まって色々なことをする……あ、そのままだと熱いから」
「んー。ふー、ふーふー」
 巌の言葉に従い飽きるまで吹いてから、〈仔犬〉はスプーンで粥をひとさじ口に運ぶ。
「う……」
 それでも子供の口には、まだ少し熱い。
 口の中で冷ましながら、ゆっくりと咀嚼する。
 米粒の中にひとかけだけ含まれていた鮭の塩味は、〈仔犬〉にとってとても珍しいものだった。
「んふ」
 そうして、飲み下すと笑みがこぼれる。
「おかわり」
「目の前にあるし」
 そう返しつつも、巌の声は上機嫌だ。
 目覚めてすぐにキョウコがいないと寂がりだした〈仔犬〉を、引きずるようにしてここに連れて来たのが巌だった。
 彼の顔貌に眉はなく、唇のふくらみはなく、ただ口元のゆがみだけが表情を形作っている。
「……あれ?」
 そうしてスプーンを持ったまま、ふと〈仔犬〉が口を開いた。
「どうした」
「巌がごはん食べてるところ、見たことない」
 意外そうな顔の〈仔犬〉に向けて、巌はがしがし(・・・・)と顎を鳴らしてみせた。
「この身体でモノの味が分かると思うかね?」
「わかんないの?」
「歯ごたえは分かる。そうは言っても、噛み砕いちまえば糊を食ってるようなもんだが」
「…………そうなの?」
 見れば見るほど珪素質な巌の顔を覗き込んで、〈仔犬〉は首をかしげた。
「いや、どうしたよ」
 そう言われても〈仔犬〉の幼い心では、うまく疑問を言葉にできない。
「んー……」
〈仔犬〉が唸っていると、今度は巌の方が首をかしげる。
「なんで食べ物の味が分からないのに料理ができるんだろう、とかか?」
「おお」
 顔を明るくして、〈仔犬〉が目を瞬かせる。
「それそれ。なんで?」
「――食った奴から細かく味を聞きながらな。面倒だったが、そんなに難しいこっちゃない」
 しばしの沈黙。〈仔犬〉は、今度は自分で自分の疑問を導いた。
「自分で食べられないのに、そんな面倒なことをするの?」
 幼さに立脚した、無邪気な疑問。
「いや」
 巌は――笑ったのだろうか。声に出さず、口元のゆがみだけで。
「おまえ、人間を見たんだって?」
「え……」
 そう言われて、〈仔犬〉はしばし言葉を失う。
「人間のことは、気になるか?」
〈仔犬〉は応えない。粥で唇を湿す音だけが、食堂の喧騒の中で奇妙な静かさを保っている。
「…………あ、の」
 そしてそのたどたどしい声は、彼女が言葉を使い始めて間もない頃のそれだ。
「人間って、なんなのか……ボクが調べても、よくわからなかった」
 彼女はまだ気付いていなかった。
 自分が人間と出会ってからその姿をまねはじめ、自らをぼくと呼びはじめたことに。
「猿のような形からゆっくりゆっくり大きくなっていって、首をもがれるだけでこわれて、何かを食べなくてもこわれて、そんなのが外の世界に何十億もいる――」
〈仔犬〉の声は歌うように。
「――外の世界のことなら、ボクも知ってる。人間の写真()が載ってる本を読んだこともあるの。
 でもボクは見たんじゃなくて、人間にさわられたの。すごく、びっくりして……けど、なんでかやじゃなかった」
 顔はうつむき、幼い顔には複雑すぎるくらいの表情を宿している。
 そんな〈仔犬〉の黒髪に、巌がそっと手を伸ばした。
「……やだ。巌になでられると、髪が荒れるもん」
「生意気言うな」
 乱暴なのは言葉だけだ。それこそ巌のような手が、優しく〈仔犬〉の髪をすく。
「……とにかく、キョウコに相談しとけ。できるだけ早くな」
「え?」
「あいつだって馬鹿じゃない、話くらいは聞いてくれるだろ。
 ああ。一歳にもならないくせに、おまえはもう一人前なんだから――」
 今度こそ巌は、楽しげに笑っていた。
「――なあ。外の世界に、行きたいんだろう?」
 それは何も分からない世界のために、面倒なことをしたいという欲求だ。
 
 
 けれどキョウコの家に帰ってからも、〈仔犬〉は彼女と言葉を交わさなかった。
『何か、話したいことがあるんだね』
〈仔犬〉の顔を見たとたんに、キョウコがそんなことを言ってきたのだ。
『今日一日はゆっくり考えて、ぜんぶまとまったらわたしに話して。ね?』
 ――あなたにはもう、しっかりとものを考えられるだけの力があるんだから。
 キョウコはそう言うと、すぐに巌に対抗して〈仔犬〉のための料理を作り始めた。
 美味しかった。
 消灯の時間になれば、テーブルをちょっとほぐして(・・・・)ベッド代わりにする。そのくらいの術は、今の〈仔犬〉でも可能だった――昔、寝入ったキョウコの翼にくるまって寝ようとして、一時間もしないうちに羽毛の状態がとんでもないことになったりしたっけ。
 あの時はキョウコに泣きながら怒られたが、今の彼女は安らかな寝顔を見せている。
 そうしてキョウコとふたりきりの寝床で、今は〈仔犬〉だけが目覚めている。
 外の世界に行きたい。
 人間という名の異種族と、生身と生身で交流をしたい。
 それは間違いなく、今の〈仔犬〉の本心だ。
 けれど今の彼女には、その難しさもまた理解できる――数十億の人間が自分の世界に来た例をひとつも知らないというのに、どうして自分が人間の世界に行けるのだろう?
 互いが互いの世界にいるままで、声やふれあいなどで交流をする事はできるだろう。今の〈仔犬〉には、その方法すら解らないけど。
 どちらにせよ勉強が必要だ、と〈仔犬〉は思った。
 何かを教わるのは好きだし、考える事も嫌いではない。
 ただ、かかる時間は半端なものではないだろう。
 世界間の移動には天才と熟慮が要り、世界間の交流には思慮と教養が要る。それが私の考えだ。
 そして〈仔犬〉は、ただ、
 ――時間がかかるのは、いやだな。
 と、寝床でつぶやいたのみだった。
 
 彼女はそうして寝入ってしまう。
 もっと時間がかからないやり方がある事に、〈仔犬〉はいまだ気付かない。
 

〈バベル網〉に昼夜の概念はない。少なくとも、厳密なものは。
 けれどその日の〈仔犬〉は、朝一番にキョウコと対話をはじめたのだと言っても良いだろう。
 なにしろ寝起きの瞳が据わっていたから。
「――というわけで、ボクは外の世界に行きたいの」
〈仔犬〉は終始、キョウコの目を見て話をしていた。
 ちいさな身体をテーブルに乗り出し、時にはその上に転げ落ちるくらいに前向きで。
 ――だから、誰かに教えられさえすれば、すぐに分かっただろうけど。
 今の感情が初恋に近いものであることに、その時の私は気付いていなかったのだ。
「キョウコは、どう思う?」
〈仔犬〉の問いかけは真摯なものだ。
 キョウコはゆっくりと目を閉じて、しばらく考え込む様子を見せる。
「キョウコ――」
「……あのね、ヴィイ」
 柔らかい言葉が、〈仔犬〉を押しとどめる。
「私たちが生きていくのは、物凄く簡単なことなんだよ」
 一見関係なさそうな言葉に、〈仔犬〉の眉がひそめられた。
「ヴィイは子供だからまだ分からないかもしれないけど、本当に簡単なの。アイオーンは破壊が難しいくせに汎用性も高いし、それがなくてもちょっと〈タグ〉を工夫すれば苦労のほとんどない暮らしができる。それに、やろうと思えば苦労の感じられない(・・・・・・)暮らしも――」
 少しの沈黙。
「……だからバベルは、自分をみがきながら生きていかなきゃいけないんだよ。ヴィイが、あえてむずかしい生き方をしようとするのは、とてもいいことだと思う」
 キョウコの言葉を理解すると共に、ぱっと輝く表情。
「――でも、ね」
「え?」
「具体的には、どういう風に外の世界に行こうと思ってるの?」
「あ……」
「方法はいくつかあるよね。あっち側で仮の肉体を作ったり、人間の方をこっちに持ってきたり、もちろん知覚だけ世界を飛び越える手もあるけど――」
〈仔犬〉は応えられなかった。
 内省してしまえば、方策もなしに決意だけが先走っている状態に過ぎない。
 今の〈仔犬〉は家屋の高さをひとまたぎに跳躍できる(膨大な時間の準備が必要だが)、不器用とはいえ空を飛ぶことすらできる。
 だが世界と世界を隔てる壁ともなると、その越え方どころか内実すら想像できないのが実情だ。
「あ、その……」
 こわい、と私は思った。
 大好きなキョウコの前で、自分が何もできない、ただの子供だと認めることが怖い。
「――――」
 どんな沈黙も、それを破ろうとする者にとっては重苦しい。
 狭いテーブルを横断して手が伸ばされる。黙ったままうつむきそうになる〈仔犬〉の頬に、キョウコがそっと掌をあてた。
「ごめんね」
「え?」
「ちょっと、いじわるだった。私たちもできない事の方法を聞こうとしたんだから」
 キョウコの大きな翼は、ふわふわと戸惑うように揺れていた。
「……キョウコたちも、できないの?」
「できるなら、ぐだぐだ言わずに連れていってあげてるもん」
 なぜか彼女は、拗ねたように口をとがらせる。
「――でも実際、そこそこ成熟したバベルが四体もいるのに、なんで世界の壁ごとき越えられないんだという気もしますよね」
 いつの間に現れたのか、横から昼子が口を挟んだ。
「ノウハウができる端から散逸しちゃうのが悪いんだよ。やっぱり宗教的権威か交換財を主軸に国家の枠組みを建てて、もうちょっと文明的に――いや、それはともかく。
 要するに、ヴィイにはやりたい事があっても、やりかたがわからないんだよ。これはいいね、ヴィイ?」
「……うん」
「じゃあ、どうする?」
「――やりかたを調べる。〈忌名図書館〉や〈狂乱書庫〉に行く」
「危ない場所だね。それに、やりかたがわかっただけじゃどうにもならないかもしれない」
「やりかたを作る。仮説を立てる、実験する、成功するまでやる」
 教科書的な模範解答にほほえみながら、キョウコは言葉を続けた。
「時間がかかるよ。実験ひとつにつき七日、安定化までには実験千回は見積もるべきだね」
 七千日。年に換算すれば、約十九年。
 ひとつの恋が冷めるまでには、十分すぎる時間だ。
「キョウコ、てつだって――」
「もちろん。でも、私はあんまり役に立たないと思うよ」
「……なんで?」
「ずっとヴィイの研究につきっきりでいる訳にもいかないし、情報の同期もできない。何より――」
 ――私は、外に欲しいものなんて、何もないんだから。
 その最後の言葉を、やはり〈仔犬〉は理解できなかった。
 途方に暮れたような表情の彼女に、キョウコは困ったようにほほえんでみせる。
「……ヴィイには私なんかより、もっと頼れる仲間ができるかもしれないのに」
「え?」
「考えてみて。なんだと思う?」
「わ、わかんないよ……」
「わかんないならいいや」
「よ、よくないようっ」
〈仔犬〉はおろおろしている。
 キョウコはその対面で、どちらかといえば楽しそうにしている。
 昼子は会話の邪魔にならない場所に座っていて、遅れてやってきた巌は立ち通しだ。
「ところで、話は変わるけど――」 
 キョウコが軽く指を振ると、彼女と〈仔犬〉の間を隔てるテーブルが消滅した(・・・・)
 一瞬の変化。
〈仔犬〉が呆然とする間もない。
 キョウコはたったの一歩で〈仔犬〉と額を合わせて、その場にかがみこんだ。
「誕生日、おめでとう」
 その言葉の意味が、私にはよくわからない。
「――――え?」
「あのね。今日を、ヴィイの誕生日にしよう」
 分からない。
「今日で私とヴィイが出会ってから、ちょうど一年になるんだよ」
 キョウコの両掌は床についているのに、どうして自分が抱き締められているのか分からない。
「いいんだ。自分でものを考えて、自分でやりたい事をやって、行きたいところに進んで――」
 その翼が世界と同じほどに大きいことに、〈仔犬〉はようやく気付いた。
 右の翼を一間(いっけん)も、左の翼を一間も。
 両の翼をうんと伸ばして、キョウコは〈仔犬〉をだきしめている。
「……わたしね、家族が欲しかったんだ」
 ――きみに沢山のものをあげたくて、ひとつだけもらいたいものがある。
 その言葉を聞いたのは、いつの日だったろうか。
 キョウコの言葉の意図も、彼女の目尻に涙が浮かんでいる意味も分からないまま、〈仔犬〉は呆然としていた。
 ただ、ゆるい暖かみが、ゆっくりと身体の中に浸透してくる。
〈仔犬〉は目を閉じて、そっと目の前の胸に身を預けた。
 

「キョウコさん、ヴィイちゃんになんであんな回りくどい言い方をしたんですか?」
「だな。方法さえはっきり言われれば、あいつだけでもなんとかできることだろうに」
 知恵熱なのかそれとも安心したのか、起きたばかりだというのに彼女のキョウコの翼の中で寝入ってしまった。
 不思議そうな顔の巌と昼子を前に、キョウコはわずかにほほえんだ。
「……ヴィイにはね、最後まで自分の頭で考えてほしいんだ」
「あの子自身に方法を思いついてほしい、と?」
「うん、それもある。でも、いちばん大事なのはね――」
 息を吸う。わずかなためらい。
「――それをやっていいのかどうか、“私が言ったから”っていう言い訳なしで考えてほしかったの。
 自分のやろうとしている事が良いことなのか、悪いことなのか。
〈写像〉を作るのは悪いことじゃないけど、決して良いことでもないから」
 透明な表情で語るキョウコの顔に、昼子は思わず目を瞬かせる。
「キョウコさん……」
「ああ……やっぱり私は、お母さんじゃなくてせいぜいお姉さんなのかなあ。
 ヴィイはたったの一年で、びっくりするくらい大きくなった。でもこんなに任せちゃって大丈夫なのか、いまだに良くわかんないよ」
 しばしの沈黙。
 ――それでも、と昼子が呟いた。
 それでもヴィイは辿り着くだろう。
 ところどころに間違った考えを積み重ねるままで、正しい結論に辿り着く。
 罪科(バベル)とはそうした生き物だ。
 
 
 けれど〈仔犬〉が結論に辿り着くには、さらに二年の歳月を必要とした。
 必要なのはどんな家族よりもなお近い間柄で、かつ外の世界に希望を求め合う同志だ。
 そして自分に最も近いのは、自分自身に決まっている。
 そう。――自分が足りないのならば、自分を増やせばいい(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
 でなければ、自分自身に限りなく近い何かを。
 はじめ〈仔犬〉は自分の頭から引き抜いた髪の毛を培養(クローン)し、次に抽出した血液を使用した。
 そのいずれにも失敗してから、〈仔犬〉はようやく情報タペストリとしての自己を理解し、純粋な情報パターンの複写に着手する。
(後から考えれば、それができなければ世界間の壁を越えるなどお話にもならない夢物語だ)
 全ての準備が整い、後は自分自身のコピーを実際に作るだけとなった時、〈仔犬〉は心底疲れきっていた。
 初恋に似た感情は――その時には、冷めてしまっていたのかもしれない。
 そして間違いなく、あと数年のうちには冷めてしまうのだろう。
 それでも何かが胸の奥で、人間の世界へと叫んでいる。 
 たったひとつの疑念を解消するために、〈仔犬〉はキョウコに問いかけた。
「もし、ボクに妹ができたら」
「ん?」
「その子もかわいがってくれる?」
「もちろん」
 満面の笑み。
 これなら大丈夫だ、と私は思った――ふたりともだっこしてもらえば、きっとふたりとも幸せになれるから。
 人間の世界へ。そのために、〈仔犬〉は〈写像〉の作成に着手した。
 崩壊も発狂もなしで、ありとあらゆる面で自分そっくりの少女を育てていく――
〈仔犬〉自身の成長すらそれに加味して、彼女はほとんど完璧にやりあげた。
 私が発生したのは、つまるところその瞬間だ。
「キミは、ボクの記憶を受け継いでいる」
 ボクはキミの記憶を受け継いでいる、と私は思った。
「キミはボクの肉体を転写している。その他もろもろ、ボクとキミはそっくりだ――
 でもやっぱり、キミはボクと別の科なのだと扱おう」
 なぜならボクとキミの個性の中で、ただ一点別物になる箇所があるからだ。と私は思った。
「ボクとキミの、これからの境遇(・・)は別物だ。
 キミはただ、ボクと記憶と肉体を共にしていただけの――」
 同志だ。
「同志、はカタいと思わないかな」
 ――思わなくもないけど。
「じゃあ、姉妹にしよう。オリジナルの方が姉で……ちょっと待って、どっちがオリジナル?」
 キミがオリジナルで、ボクがコピー。状況証拠としては、ボクの方が全裸。
「ごめん、服着せるの忘れてた。……というかキミ、ボクよりちょっと理屈っぽくない?」
 役割の問題でしょう、どちらかが積極的に話を進めた方がいい。
「かもね。研究面でも、役割は分けた方がいいかな」
 ならボクは、主に“見る”方を担当しよう。ボクは人間の世界を見る。人間を理解しようとする。
「ボクは“動く”方かな。人間の世界に行き、人間の肉体を手に入れ、ボクはまるで人間のようになりたい」
 ぼくは理論と観察を重視しよう。
「ぼくは実験と肉体を重視しよう」
 ぼくはゼロ歳であり、すぐにあなたと違う心になるでしょう。
「ぼくは三歳であり、キミと同じ姿になるかもしれません」
 ぼくは私になりましょう。
「ぼくはボクになりましょう」
 ――私の名前はヴィイ。
「ボクの名前も、ヴィイ」
 もはや〈仔犬〉ではない二科(ふたり)のヴィイが、同じ道へと歩いていく。
 
 
 そうして私はあなたと出会う。

 彼女の名は畜人無害(スケープゴート)のヴィイ。
 あるいはウタゲ。

 私の名は人体視願(ノーカラーブラッド)のヴィイ。
 あるいは、ただのヴィイ。
 
 
(了)