ぼくが起きたとき、目の前に剣が刺さっていた。
それは神話だった。
「なんだろうね、これは」
ベッドから起きてつぶやく。
正直に言うと、ぼくは剣が返答をくれることを期待していた。
それは錆びていた。材質は銅か、鉄か、それすらも分からないくらいに。
剣の色はぱっと見て真っ赤。レトリックを使うなら100年前のSFの火星色、視線を移すとこの部屋全てが荒れ野に見えてくる感じ。
何かを切ろうとした瞬間に折れそうな剣だ。そいつが、ぼくの部屋の壁に
「……おーい」
呼んでも答えやしない。
この部屋の敷金はどうなる。言葉が通じる仲なら、文句くらいは言ってやりたいんだが。
「パートナー、目の前の剣は物質性の神話でしょう」
そして間抜けた呼びかけを繰り返すぼくに、頭上の〈月〉が穏やかに助言をした。
彼に人間の身体はない。だが完璧な合成音声と、ゆっくりとした照明の色の変化は、十分に人間味のある言語として機能してくれる。
「それは、分かっちゃいるんだけどさ……」
あいまいに返す。もちろんぼくは、あの錆の塊が神話であることくらいは分かっているし、神話が全て喋るものでもないと知っている。
「でもこれは、一体何の神話なんだ?」
そう言うと、予想通り〈月〉は沈黙した。
我が
――なるほど、現代社会は神話の社会だ。
文部省は今や押しも押されもせぬ日本最高の権力機関だ。一部の精神病院はある種の暴力装置と化した(そのせいで今も患者が偏見を受けている)。魔法少女きゆらは全国の子供と一部の大人を熱狂させた。それは関係ない? いや、ある。
人は神話と出会う。必ず。
朝起きたら目の前に錆びた剣が? 神話に決まってる! でなかったら、そんな
だが、この出会いは――そう。あまりにも、無造作すぎる。
あくまで基本的にだが、人は自分の興味のない神話には出会わない。
ぼくは骨董品は苦手だ。剣を振るうような趣味もない。
また、神話は前兆を持つ。俗に“嫌な予感”または“虫の知らせ”と呼ばれるようなやつだ。
ぼくは一切の夢を見ずに、そして起きた。一人暮らしだ。ただ退屈していた。
「はあ……」
本当に唐突に出現したこの剣を、ぼくは未だ持て余している。
「調べるよ」
それだけ言った。
〈月〉が剣の周りに暖色系のライトを落とす。同意の印と、調べやすさのためだろう。
ぼくは剣に手を伸ばし、
犬。溶けていく手の証。ぼくは何回も何回も何回も金床を打つ。取り出した青と槍の刃。言理の妖精語りて曰くkyukyura-kyura何回も何回も何回も何回も何回も。グラム、タングラム、言語学を放棄して語れ。あの行為に似ている。世界樹などない。不完全な軍隊の行軍、夜空の月を思い出せ。小さな女の子のイメージ、可愛らしすぎる。修正。修正に対する修正。犬。葬列を見て悲しくなる。さすがさすがと狂ったように笑い続けた老人。葬列を見て悲しくなる。あまりに有名なシンボルを耳にした。
そして総合する。
結果は、いつも通りだった。
過去に幾多の神話を何十回も調べた経験と違わない。全身は細かく震え、半比例するように頭は冴え、しかし分かったことは多くない。
ただぼくの手により引き抜かれた剣が、手元に錆の粉を散らしている。
ぼくはつぶやいた。
「……本当にこの剣が、白眉のイア=テムのなれのはてなのだろうか?」
〈月〉はただ沈黙している。