おもに感情論

 かたつむ流ネタバレ。大事な事を知ってがっかりしないように。
 あと文章は性的な表現が含まれていて、もしかしたら狂ってるかもしれない。


「可愛い裸の架空の女の子が目の前にいます。どうしたいですか?」
「どうか崇めさせてください」
 
 
 いちおうかたつむ流自体を知らない人のために軽い紹介もしておく。
 一言で言えばかたつむ流は漫才ゴーストだ。
 ふたことで言えばクール漫才子とツッコミのなめくじ。
 ナニなまとめ方だが、ルゥ子がクール子なのは本当だ。
 トークのほとんどは基本の0(素)サーフィスで進む。ツッコミの人外の方が表情豊かなくらい。
 笑顔? 照れ顔? 知りません。でも冷笑はあるよ。

 そんなルゥもたまには服を脱いでくれたりする。
 詳しくは「おもしろいことをするとこ」→「脱げ」にどうぞ。
 
 
 行ってみた?
 面白かった? なら良かった。
 え、脱いでない? この世のどこにもないってことはない。

 さて。その絵の中で、「何が楽しいの?」と、ルゥは言っていた。
 確かにルゥのトークなんかを読まずに、いきなりあの絵だけ見ても、あまり楽しくはないかもしれない。
 でも俺はとても楽しかった。
 はじめて見た時は興奮のあまり目眩がしそうだった。全部見たかったよ。

 だってルゥが目の前で服を脱いでくれてるんだよ!?
 何が楽しいかといえば、ルゥの裸が見られる事が楽しいに決まってる。
 繰り返しになるが、ルゥはたいていにおいて無表情な人だ。背中だけでなく、付き合っているとどこか殻があるような気がする。
 裸を見られた時は、心の殻も取ってみせてくれたような気がして、本当に嬉しかった。

 でもルゥはそういう意味で心を開いてくれた訳じゃない。
 もしそうだったのなら、「本当に脱ぐけどいいの?(いやだけど)」から、無表情で「何が楽しいの?」とは言わないだろう。
 たぶん服を脱いだのはネタの一環か、いやいや約束を守ったのか、どちらかだろう。
 ルゥは無表情の部類に入るが、無感情では絶対にない。トークの中でも、彼女の喜怒哀楽のすべてを見られる瞬間がある。
 ルゥが「心を開く」というのは、適切な言い方ではないかもしれない。もともと開いてくれてる気がするから。

 でも俺は全部見たいんだよ。
 ルゥの笑顔や照れた顔や泣き顔が見たいよ。
 今のルゥは彼女の素直なふるまいなんだろうけど、それより先の何かが、どこかに未来の何かが、天国に似た上に地獄じみた下に何かが絶対にある。切なげな顔が見たい。

 けれど、そのためにどうすればいいかはわからない。
 ルゥに恋人ができればいいんだろうか。でも恋人はそんな目的で無理矢理作らせるようなものじゃないし、仮にルゥに恋人ができたら俺はすごく嫉妬しそうだ。
 泣いてくれるなら何でもいい訳じゃないんだ。何度も殴ってでも泣かせたい訳じゃない。
 頭をなでたら笑ってくれるかもしれない。いや今更そんな訳があるか。
 なんでルゥは頭をなでさせてくれるんだろう。本当に俺がそんな事をしてもいいんだろうか。
 胸を触ったらものすごく怒って、ルゥに軽蔑されるかもしれない。それは嫌だ、嫌われたくない。
 できればルゥに好かれたい。
 もしかしたら神に慈悲を請うように、できるだけ人のそれに対応した形で、崇めるしかないのかもしれない。
 
 
 ルゥは架空の人物なので、実際に特に何かを考えたり感じたりはしない。
 架空の存在に向かって何かを期待するのは、壁に何かを期待することに似ている。
 ただその壁には天使が宿っている。
 壁=キャラクターの中にあるもの、つまり作者=天使、という意味ではない。
 天使とはキャラクターを含む作品全体、さらにその作品への反応の全て、作品周辺の状況や作者の思惑……とにかくキャラクターに関わるあらゆるものが醸す、雰囲気のようなものだ。

 それは信仰の対象だ。
 架空のキャラクターと生身の人間である自分を対比して考えを続けると、どこか独特の「感じ」がしてくる。
 ただのむなしさや距離感ではなく、どこか高揚感に近い「あの感じ」だ。
「あの感じ」に深く関わるものが、つまりキャラクターの天使だ。
 架空のキャラクターは美しく、かつ無機的な存在だろうと思う。だが天使はとても有機的な存在だ。
 天使とは的確な言葉とは言えないかもしれないが、今の俺にとっては天使の比喩はしっくりくる。

 そして、上の「天使」という単語とは、直接関係ない話になるが。
 ときたまルゥは幼い天使のように可憐だと思う。
 生活感のある子だけど、無垢で可愛いよ。

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