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補遺、あるいは人生について
「……姉さん?」
アリスは呆然としていた。
ディイからもらった記憶にはない、あまりにも茫洋とした顔が、すぐそばにある。
「私のこと、わかんないの? 姉さんなら、昔の私のこと、色々知ってるって思ってたのに――」
そう言っても、反応は当然のように帰ってこない。
「……ねえ、なんで?」
聞く声は、心細げになった。
「なんで、私のところに来たの? ただの偶然?」
「――、……」
「……え?」
聞こえた。
理由なんてない、と。
何の意味も無いのに、彼女はアリスのそばに来てくれる。
「あ――」
過去も現在もなく。
彼女がアリスを見かけたその瞬間の微笑みを、決して忘れないと思う。
――お父様を、殺したのに。
姉さんは、こんななのに。
罪の名の下に、自分の感情を無化したかった。
できなかった。おせっかいの男が、傍で見守っていてくれたから。
「……ねえ、ディイ、どうしよう」
まるで幼子のように呟いた。
「どうしよう……私、しあわせだよ……」
そう漏らすアリスの心に、互い違いの目の色をした誰かが囁いた。
大丈夫、どうせこれからは不幸になれる。
大丈夫、どう考えたってあたしたちは、ちゃんと苦しんだ挙句に死ぬよ。
――大丈夫。それでもおせっかいな奴らは、意味もなくあんたの傍にいてくれるよ。
「なあ、アリス。もしも――」
皆が沈黙してから、優しげなほどの声音で、エイダが語りかけてくる。
「この地には統治者がいない。
もしもあんたがなれるとしたら、どうする?」
「なるよ」
「……なぜ?」
苦しんだ挙句、しあわせになりたいから。
旧暦368〜403年:ノア・ナスの不死種化。
旧暦370〜399年:パウル・ナスの不死種化。
旧暦?:炎竜(本名不詳)の不死種化。
新暦?:ディイ(本名不詳)の不死種化。
新暦139年:アイーシャ・パウル生誕。
新暦140年:バベル・パウル生誕。
新暦155年:アイーシャ・パウル・バベル生誕。幼名アリス・パウル。
新暦156年:“笑い竜”事件。アイーシャ・パウルの不死種化。
新暦170年:“昇る雨”事件。バベル・パウルの不死種化。地竜崩壊。
新暦174年:アイーシャ・パウル・バベルの不死種化。牽引計画が実行される。
新暦176年:〈魔竜陶片〉流布される。“昇る雪”確認。灯国設立。初代国王はアイーシャ・パウル・バベル。
新暦181年:アイーシャ=エイダ書簡。この時期より灯国と渦竜との関係悪化。
新暦183年:灯国と渦竜との定期会談、暴力的決裂に至る。両国冷戦状態に。
新暦18■年:貿易制限を根本的原因とする暴動が、両国各地で頻発する。
新暦1■5年:エドワード・ノア逝去。
新暦■86年:アイーシャ・パウル・バベル成婚。
新暦■■7年:アイーシャ・パウル・バベル逝去。ただし一般的には誤報であったとみなされる。
新暦■■■年:ロビン・パウル・バベル生誕。アイーシャ・パウル・バベルの第1子。
■暦197年:〈魔王書〉流付される。
■暦199年:黒薔薇の変。豪雨戦争勃発。
新■■■5年:アイーシャ・パウル・バベル逝去。ただし一般的には誤報であったとみなされる。
■■2■■年:〈月の杯〉防衛戦。
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新暦2■■■:大量の餓■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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■歴■■■年■■■■■■■■戦死■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ただし一般的には誤■であったとみなされる。
新暦2■■■:〈月の杯〉防衛戦。このころより豪雨戦争沈静化。
■■■■■■■■■■■■■■■■■逝去。
■■■■歴■■■■■■■■■■■■■■■■■
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新暦215年:ロビン・パウル・バベル、灯国2代目国王に。
新■■■■■:アイーシャ・パウル・バベル逝去。第五公会議のディ■の言により、誤報が多い中極めて■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
末期の言葉は「幸せだった」であったとされるが、これについては憶測の域を出ていない。