人体視願/ヴィイ:『春待つゆめ』

「――我ながら美しくまとまったと思うんだけど、ウタゲ? どうかな」
「うん、いいと思う。すっごく、すっごく、いいと思う!」
 語りを終えたヴィイに、パジャマ姿のボクはひとしきりはしゃいだ。

「そう? あなたがそう言ってくれたんなら――」

 ヴィイは途中で言葉を切る。ヴィイが語った“おはなし”に追随して、幻影が湧き出てきたからだ。
 幻影はボクの知るヴィイと似ていて、でも違う姿。金髪と緑の目、けれど目の穏やかさが違う。袖余りのかわいいコート、カバンにウサギのキーホルダー。
 ボクらはだまって幻影を見つめる。幻影の髪がボクのほっぺをくすぐる。ボクらと触れ合うことすらできるそのまぼろしは、けれど数十秒ほどで薄れて消えていく。
 自我を持つに至らない夢幻のヴィイ。その姿を、ボクはしっかりと、しっかりと記憶に焼き付けた。
 ボクたちバベルにとって現実と空想の境目は薄く、夢は簡単に実体を持つ。でも、だからこそ――実体化することのない“おはなし”を、ボクは尊いと思う。

「……人間が想像できることのすべてを、人間が実現可能だとするなら」

 ヴィイのつぶやきにボクはうなずく。
 記憶の中のお話は、きっと未来では叶っている。

「だいじょうぶ。ヴィイなら、かなえられるよ」

 ほほえんで、ふわわ。ねむい。
 意識を手放して、寝てる間にしんでいるやらいきているやら。ボクのいのちはそれほどいい加減で、でもしっかりしているところもある。

「おやすみ」

 ヴィイにあいさつ。
 彼女の目を見る、きらりと光る。いのちの形が崩れても、すきの気持ちは変わらない。

「おやすみ、お姉ちゃん――良い夢を」

 そうしてボクは、“おはなし”を心に抱えて目を閉じる。
 ボクのいもうとが、しあわせになるというのなら、これ以上のよいゆめはないのだから。

狂乱書庫/キョウコ:小説 『ホームパーティー・ユートピア』

「ねーキョウコ、ここにおーだんまく飾ろう、おーだんまく!」
「横断幕? うん。じゃああの子のための椅子は、横断幕の正面に置こうか――」

 五人も入ればいっぱいになるだろう。そんな小さな部屋を、私とウタゲはいっしょうけんめい飾り付けていた。
 ――ここは電子の世界、バベル網の片隅。
 狂乱書庫と呼ばれる建物の管理人室。プライバシーの結界の元に、外界からは空間ごと切り離されている。
 内装はむかしこのあたりで流行っていた『人間の世界のイギリスの田舎っぽいドールハウス』をさらに真似して作ったもの。
 実際のイギリスとはかけ離れているのだろう。仮にも自分で調達したものだというのに、壁の絵のモチーフすらなんだかよくわからない。
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ヴィイ10周年イベント・予告編(ネタバレ注意)

※この文章には、ヴィイの既存ストーリーおよび外伝ゴースト『星に願いを。』のネタバレが存在します。

「……つまり、こういうことかな。
 私やウタゲが話してた、よくわからないあの“光”は――
 そもそもバベルが発した光じゃなかった。
 あれは、バベル網の外から照射されているものだったのね」

 バベル網という世界に、その外部から干渉している者がいる。
 その干渉に悪意は感じられなくとも、それは恐ろしく不安な状況だった。
 だがヴィイはそれを利用して、世界の壁を越えようとする。
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後日談後編・予告

 それは見過ごされて埋もれていく、あたりまえの小さな死。

“今ボクは、横になってる。ベッドの脇には再生中のオルゴール。
 立ち上がることはできそうにない。ボクの腕も、足も、細くなりすぎたから。
 ……きれいな曲。だんだんねむくなってきた。
 ただ、すこしさびしい。
 こんなボクでも、今は何か残るものがほしい。
 わすれられたくない。
 消えたくない”

 あるいはそれとは別の、刻みつけられ染みとなったひとつの死。

『だから、今はまだ、死にたくない。
 死にたくない。
 死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない』

『愛してる』

 あるいは、死とはまた別の、選択される狂気の形。
 キョウコにヴィイと名付けられ、そして後にその名を捨てる“姉”の思い。

『ヴィイとはしばらく別れる事になるだろう。
 けど、寂しがらなくていい。
 周りにはキョウコや、他にも良い人がたくさんいる。
 研究を怠らなければ、きっと人間にも会えるだろう』

* * *

 その全ては、ウタゲと呼ばれる少女のものだった。
 だが今は、全てのウタゲの存在が絶えていく。
 あるいはヴィイと話しながら、唐突に自分の頭を砕き。
 あるいは冷凍睡眠に入るように、自らを長い眠りに就かせていった。

「ボクは、ウタゲ……だと思う。
 今まではウタゲだったよ。いまはどうなんだろう?」

 残ったのは、ただ一人だけ。
 そうして彼女はあなたと対面する。

「なんて、静かなんだろう」

 彼女にあなたの顔は見えない。

「ボクはいつもオンラインだったのに。
 ボクと同じ身体の百人のボクは、考えも感じることも共有してた。
 ボクはそういう人でなしだったのに。胸の中はずっときらきらでばらばらの、星屑でいっぱいだったのに――
 今は、なにもない。
 これってもしかして、ほんとうのほんとうに、“なにもない”っていうことなのかな?」

 あなたの心を理解することもできない。

「ねえ。
 ――デート、しよっか。
 よくわかんないけど、たぶん最後なんだから、あまあまなことをしようよ」

 そのままであなたは、彼女と時を過ごすことになる。

“――――”

“――――――”

“――――――さびしいよ”

* * *

 そして彼女は思い出す。

「……もしボクが、これからなにものかになれるなら」

“      ”

「そういう種類の人でなしに、ボクはなりたい。
 ボクは、忘却書庫になりたいんだ」

 想像可能な全てのことは、必ず誰かが思い出す。

人体視願/ヴィイ
後日談『うたごえ』
そろそろ終わらせてもいいだろう。

『彼女の時間』10(6)

『…………うーん、よくねたー!』
「寝すぎだよばか!」
『やあ、そういうキミは……誰だっけ?』
「ヴィイだよっ! 最萌トーナメントの投票のお返事してたの、忘れたの!?」
『そっかー。おへんじ、遅れてごめんね』
「……ごめんね。ほんとに。
 最萌トーナメント、period50
 えーと……今回は408の人まで、ね」
『そしてものがたりはつづくのです』

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『彼女の時間』10(5)

「最萌トーナメント、period50。お返事進行中です」
『けっこう進んだ?』
「全体から見ればそれほどでもないけど……でも、あなたとこれだけ長い間いっしょにいるのは、何年ぶりになるかな」
『なかよし姉妹ですから』
「よくない」
『つんでれ妹とのんびり姉ですから』
「ないわよっ! なにそれ!?」
『じゃあはじめよっか。今回は>>312までー』
「……もう!」

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『彼女の時間』10(4)

「最萌トーナメント、period50。またちょっとお返事が進みました」
『えーと、にひゃく……>>257まで。
 きぶんを変えて普通の服で放送中です』
「これ、普通なのかな?
 ……でもウタゲ、ジーンズも案外似合うね」
『ありがとー。
 ヴィイもかわいいよ、オーバーオール』
「いや、これはちょっと、子供っぽくてどうかと思うんだけど……」

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