小説のよすが・第一話『みっつのごほうび』



のよすが小説版
タイトル『ころされてあげるから』




 これは、おんなのこがきちがいになるおはなし。
 このお話は、最初はアリチェに捧げる言葉として始まった。
 けれど最後には、あなたのためのお話になる。

 そう。このお話は、最後には“あなた”のための祈りになる。
 その頃には、私はすっかりおかしくなっているけれど。


* * *


「――やっぱりあの服、すっごいかわいかった! ピンクとか趣味じゃないけど、あれだけはホント買っておけばよかったなって……!」
「……そうだね。服って、ハンドメイドでもあんなに綺麗に作れるんだ」
「うん、よすがが着てたら似合ってたとおもう!」
「わたしに!? いや、あれはアリチェみたいなかわいい子が着る服で――」
「おー、それお世辞? じゃぱんのえきぞちっくなやつ?」

 テーブルの対面。私の反対側で、女の子が小首を傾げてみせる。
 いかにも外国の女の子、という金髪紅眼。けれど彼女はたどたどしい口ぶりをしてみせてはいるが、日本語の発音には訛りの欠片もない。

「お世辞とかじゃなくて……というかアリチェ、あの服値段もすごかったでしょ?」
「う、それは……」
「さすがに買うのはムリかもっていうか、買うのを我慢できてよかったかも。
 アリチェってその、すごいお金持ちとかじゃないよね……?」

 日曜日の夕方。
 場所は田舎でもなければ、都会でもない。
 特産品は平和と日常。美しく設計された区画、どこかふわふわとした通りの風景。
 そんな街の喫茶店で、女の子ふたりがテーブルを挟んでいる。

「……うん、むしろお金ない。服とかアクセとか毎週買っちゃうのは、さすがにやばいよね」
「そうだね。ちょっとだけ、やばいかも。
 でもアリチェ、今日は我慢できたじゃない――」
 
 小柄で華麗。金髪と赤いスカート。
 対する私は、染めもしない黒髪とモノトーンな服装。
 私――西東よすがと、向かい側の少女――アリチェことアリツェ・ジェンティーレは、何もかもが対称的な友人同士だ。
 私はフリーター、アリチェは海外から留学してきた高校生。接点も何もない。
 少し前にひとりでさびしそうにしていたアリチェに私が話しかけたことからはじまった、薄くて弱い関係だ。
 今日は二人で商店街めぐりをした後、喫茶店でのお喋り中。

「よっこはふつーに節約できてていいよね……てか、雑貨屋さんでビー玉買ってたけど、それどうするの?」
「ああ、これはグラスに入れて部屋の飾りに――」
「くれ!」
「なんで!?」
「かわいいから!」

 アリチェがぐっと近づいてくる。妙に真剣な目線と、それでも楽しげに、わずかに曲げられた口元。
 ――そんな彼女の表情を可愛いと思う気持ちが、ふわりと胸を過ぎていく。
 私は、こうしてアリチェに話しかけられるのが好きだった。

「……まあ。かわいいなら、いいか」

 バッグに入っていた小袋入りのビー玉みっつ。アリチェに手渡してあげる。

「じゃあご褒美。ほしいものを我慢できて、えらいから」
「――ありがと!」

 笑顔といっしょに歯が覗く。アリチェの八重歯は、彼女のトレードマークだ。

「ふふー、ビー玉いいなあ……どうしよっかなー、かじったら歯ごたえあっていいかなー」
「アリ子はその何でも食べたがるクセもやめなさい」
「何でもじゃなくてかわいいものだけだし! というかよっこはアリ子って呼ばないでほしい!」
「よ、よっこっていうのもやめてよ……ほら、お茶頼んだでしょ?」
「んー、ここのお店はなに頼んでも安くていいよね――お、きたきた!」

 店員がやってきた。アリチェは何を頼んでいたのだろう、と思い出す。
 そっとテーブルに置かれるティーカップ。
 香りは強めで、カップからはやや離れた位置にいる私にもわかるくらいだ。

「ねえよすが、スペシャルティーだって! これ、いちど頼んでみたかったの!」
「スペシャルって、なんだかすごいね……ちょっとふしぎな香りがするけど、なんのお茶?」
「それがわからない! でもわかんないっていいなと思う!」
「わたしがそれを頼むのはアリチェが飲んでからにするよ……」
「お、毒味? まかされたー!」

 元気よくそう言って、アリチェはカップに手を伸ばす。
 そのまま一気飲みでもするのかと思ったが、案に相違して彼女はひとくちこくんとお茶を飲んだだけだ。
 アリチェはいつも活発だけど、行動の端々には上品さがあらわれている。おそらくは、家でかなりのしつけを受けていたのだろう。

「……んんー」
「アリチェ、どう? おいしい?」
「んー……」
「どうしたの? なんだか難しい顔しちゃって……」
「……みひょー」
「え……?」
 なんだか面白い声をあげて。
 ぱたり、とアリチェは倒れ込んだ。

「え、ちょ、アリ……」

 これはなにかの冗談なのだろうかとわたしが思っている間に、アリチェのちいさな身体は椅子から床にこぼれ落ちる。

「あ、アリチェ!? 待ってよ、なんでそんなっ」

 かけよって彼女の身体を揺さぶってみるが、アリチェはいっこうに起き上がろうとしない。
 苦しそうな表情、ときおり震える。アリチェは本当に、お茶ひとくちで倒れてしまったらしい。

「う、うう……油断した……」
「ゆ、油断? そ、それよりどうすれば、わたしどうしたら――」

 おろおろする私を、横合いから冷静な声が呼び止めた。

「――ねえ。今、話せる?」

 ぴくりとアリチェが反応する。
 違う。呼び止められたのは私じゃない、アリチェだ。
 振り向くと、女性が私の横の席にいた。
 女の子、ではない。成熟した女性。

「うー……」
「横から見てたわ。食中毒じゃないわよね、反応が早すぎる……アレルギー?」
「ちょっとちがう……でも、そんなかんじ……」
「どうする? 救急車、呼ぶ?」
「……病院、だめ。寝てればなんとか……だるい……」

 わかった、と短く言って、女性は会話を切る。

「この子、奥のソファーまで運びましょう。――手伝って」
「えっ!? あ……はいっ!」

 今この瞬間呼ばれたのは、まちがいなく私だ。
 あわてて立ち上がって、ふたりでアリチェの身体を持ち上げる。

「んっ……」

 脱力したアリチェの身体は思ったより重い。ひと一人分の体重を実感する。

「……アリチェ、ほんとに病院行かなくて大丈夫?」

 アリチェの肩を持ち上げていたわたしは、その体勢のまま彼女の耳元にささやいた。
 だいじょうぶだよ、とアリチェがささやき返す。本当に大丈夫なのか、無理をしているのかは、よくわからない。

「ねえ、アリチェ――」

 もう一度名前を呼ぶ。その後に何を続ければいいのか、よくわからないまま。
 そんな私を、アリチェは微笑みで制止する。

「大丈夫だよ」

 ――あわててくれて、ありがとう。
 彼女は最後にそう付け加えて、目を閉じた。
 その言葉の意味は、やはり私にはよく分からなかったけれど。


* * *


「……あの、どうもありがとうございました。本当に、助かりました」

 喫茶店を出た後、私たちは近くにあった公園で会話していた。
 私と、アリチェ――それと、私たちを助けてくれた、大人の女性。

「大したことはしてないわよ。その子も自力で立ち直ったみたいだしね」
「たちなおりましたよー。でもありがとー、たすかったの!」

 自身が言っている通り、アリチェも元気になったようだ。
 公園は日陰でも少し暑いが、すわ食中毒かと真っ青になった店主が駆けつけてきた後では店の中にもさすがにいづらい。
 さきほど立ち直った彼女から聞いた話だけれど、アリチェは一部のハーブに弱い体質のようだった。
“油断した”とさっき彼女が言っていたのはそういうことだ。
 いつもは何かを口にする前に、彼女が苦手なハーブが入っていないか確かめていたけれど、先ほどはついスペシャルティーの名前につられてしまったらしい。

「私だけだったら、アリチェを休ませてあげることもできなくて、苦しませてたから。ええと……」
「名前なら、真理奈。藤井真理奈よ」
「……藤井さん、ありがとうございます。私は、西東よすがと言います」
「アリツェ・ジェンティーレ! アリチェでいいよー!」
「アリチェったら、目上の人にそんな……」
「いいわよ。アリチェ、よろしくね」

 彼女は、そう言ってアリチェにウインクしてみせた。

「あなたも、マリナでいいわよ。外国っぽい響きだし、名前の方が気に入っているの」
「えっと、じゃあ……」

 そう言われて、私は改めて彼女のことを見る。
 行動が落ち着いていたからか、第一印象では十九歳の私よりずっと年上に見えたけど、改めて見れば容姿はとても若々しかった。
 髪は少し明るめの茶髪。もちろん染めているのだろうけど、さらさらと流れる髪はうらやましい。
 肌も、とても綺麗に見える。ナチュラルメイクなのか、それとも本当に化粧をしていないのか判別するのが難しいくらいだ。

「えっと、じゃあ……マリナ? 私も堅苦しいのは苦手だし、こう呼んでいいのかな……」
「もちろん。あなたは……よすがちゃん?」
「さ、さすがにちゃん付けはちょっとっ」
「ふふ。冗談だって」
「よし、わたしはマリナをまりちゃんとよぶ!」
「いやアリチェ、それはもっとひどいよ!?」
「んー。でも、マリナはいい人だと思うの。だから……」
「?」

 アリチェの言動が突飛なのはいつものことだけど、解釈にはやはり時間がかかる。いい人だからちゃん付け?

「――だから、友達になりたいの!」

 ……ああ。
 そうか。そう言われてみれば、単純なことだ。
 友達になりたいから、あだ名をつけて、親しく呼びたいんだ。

「友達……私と?」
「うん、こんどは遊んだりしたい!」
「それは嬉しいけど……私、休みの日でもあまり遊べないかもしれないわよ? 今日はたまたまシフトがなかったからいいけど、日曜日も店に出てることが多いし……」
「店? マリナはお店で働いてるの?」
「ああ、地味だけどイタリアンの――」
「レストラン!? すごいすごい! 料理? シェフ?」
「い、いや、私はただのコックで……」
「やっぱり料理人なんだ……! 料理うまい人ってすごいよ、マリナの料理たべてみたい!」
「いや、ちょ……」

 嬉しそうにアリチェが迫るごとに、マリナはたじたじになる。

「――ああ、もう!」

 あきれたような、怒ったようなマリナの声。
 それでも、表情は笑顔だった。

「わかったわよ、今度店に来て。サービスは他のお客さんと平等に、でも味は保証する――」

 今のマリナの視線は、私にも向いている。
 その言葉は、私たち二人に向けたものだ。

「……よすが。あなたも、来てくれるのかな?」

 そう言われて、私は少し考え込んでしまう。
 今の私には、アリチェ以外に友達と呼べる存在がいない。
 だから、マリナのような良い人と知り合いになれるのなら、とても嬉しい。
 ……嬉しい。それは、確かだ。
 でもアリチェがマリナと嬉しそうに話していると、なんだかもやもやしてしまう。
 不安なんだ。
 アリチェが私以外の誰かと話すごとに、彼女が私から離れていく理由を見つけてしまいそうで、それが怖い。
 そう思っている自分が、アリチェを自分の占有物か何かだと思っているかのようで嫌になる。
 私は――

「――ねえ、よすが!」

 気がつくと、アリチェが私の顔を覗き込んでいた。

「どうしたの? よすがもあのお店で飲んだお茶がだめだったとか?」
「い、いや、おいしかったよ。ええと……」

 アリチェに加え、マリナも私を見つめていることに気付く。
 恥ずかしくて頬が赤くなる。 マリナの視線は何か言いたげだったけれど、その意味を読み取ろうとしたらますます混乱してしまいそうだ。
 私から何か言わなければと思うけれど、とっさに言葉が思いつかない。
 ついええと、ともう一度繰り返してしまう。駄目だ、ばかみたいだ。
 またええと、と三度繰り返した日にはそのまま崖から飛び降りてしまいそう。とにかく、何か言わないと――

「――マリナ!」

 声が跳ねた。
 なあに、という短い返事。表情は微笑み。
 気を使われたことに罪悪感を覚えつつ、その微笑みに紛れもなく安堵する。

「よ、よろしく……お願い、します!」

 そう言って、マリナに手を差し出す。
 それが、最後まであわてたままの、私の返事だった。

「――ええ。よろしく、よすが」

 そう言ってマリナは、私と軽く、ほとんど触れるだけの握手をする。
 つい手を差し出してみたものの、私はこういうのは得意ではないし、マリナも私とシェイクハンドなんてしたくないだろう。

「わたしもわたしも! よろしく、マリナー!」

 そしてアリチェもマリナと握手。彼女も少しの間だけきゅっとマリナの手を握った後、すぐに離す。
 三人の手は、それぞれがその人の性質を示すかのようだった。
 アリチェ。白い肌の内にひそむ血管の色。
 あらゆるものに好奇心いっぱいのまま手を伸ばす、少女の手。
 マリナ。シミも傷も全くない。
 全ての汚れを拒否したかのような、まっさらの手。
 ……そして、私。
 私の、手は――


* * *


「……腐って落ちる、ゾンビの手だ」

 そのつぶやきを聞きとがめる者は、誰もいなかった。
 夜。今の私は、自室で一人きり。
 ――今の私の容貌を見られるのは、私だけ。
 マリナにも、アリチェにも、私はそれを許すつもりなんてない。

「ああ。――今日は、楽しかったな」

 今日は三人で握手した後、しばらく雑談してから解散することになった。
 アリチェはマリナの仕事に興味があったらしく、イタリアンレストランの仕事について色々と聞いていた。
 マリナはコックの仕事なんて単純作業だと言っていたけれど、話を聞く分にはとうていそうとは思えない。
 彼女の店はいつも盛況だ、どんどん注文が飛んでくるが、料理人の数はその割に少ない。
 パスタをゆでる、ピザを焼く。その間に素材を切って、ゆであがったパスタを仕上げる――
 いくつもの作業を並行して、速く正確にこなせなければ、料理ができあがるまでの時間が何倍にも膨れあがってしまう。
 そしてアリチェがマリナに聞いたお返しみたいに、マリナは私のアルバイトについて聞いてきた。
 古本屋の店員に、特別な素質は必要ない。私がこの仕事を続けているのは、本が好きだからでもあるし、自分に特別な素養が何もないことを自覚しているからでもある。

 ――それが、特別なんだっていうことよ。
 
 マリナは、そんなことを言っていた。

 ――いくら話しても、よすがは仕事の愚痴は全然言わないよね。
    ふつうのままで、自分の仕事を嫌いにならないでいられる。
    うらやましいし、すごいことだと思うわ。

 そう言われても、自分がすごいことをしていたとはとうてい思えない。
 けれど、マリナのような仕事のできる人に自分の仕事をほめられるのは、とてもうれしかった。

 ――わたし、学校を出たらどっちかになりたい!
    マリナみたいなデキる人か、よすがみたいな自然に仕事ができる人!

 アリチェも、そう言ってくれた。
 彼女は良い子だ。今日の会話でも、マリナに対して聞くように私の仕事についても聞いてくれて、おもしろそうにうなずいてくれた。
 
「……自然、か」

 アリチェや、それにバイト先の店主さんが、そう思ってくれてるのならいいのだけれど。
 それはうまく騙せているということだから。
 鏡などは見ない。ただ目を閉じるだけでも、私は今の自分の姿を脳裏に描ける。
 ――腐っている。
 灰色がかったぼろぼろの肌。艶などありえないばさばさとした髪。歪んだ形のまぶたのせいで、目は異常に大きく見える。
 私は魔術師。三流魔術師。自身の魔術の失敗によって呪われた、これが私の本性だ。
 人前に出る時は変身の魔術を使っているが、それでも私が自分の本性を意識せずにいられる時などない。
 自然な人間ではない。
 まともな女の子じゃない。
 ……仕事も、会話も、たいへんだ。
 ただ、私みたいなのにくれた仕事に対して、嫌なことは言いたくない。
 対人関係もそうだ。友達に対していやなことなんて、思いたくもない。
 私はこの呪いを嘆いている。でも、現状に絶望してるわけじゃない。
 このままでも、たぶん、いいんだ。
 友達さえいれば、きっと嫌なことからも逃げ続けられる――

「――え?」

 電話だ。
 安いというだけで買った単機能の備え付け電話だが、鳴ることはあまり多くない。
 ――もし、この電話の相手から逃げられなかったら、どうしよう。
 そんなよくわからないことを考えながら、私は受話器に手を伸ばした。

「もしもし――」
「おー、よすよす? 今いい?」

 アリチェだ。知り合ってからの彼女が電話をかけてくる回数は、実家の両親と同じくらいに多い。

「あ、えっと……」
「あれ、だめだった? もしかして彼氏と語らいちゅう?」
「え、いや、違うっていうかアリチェなに言って」
「かたらいのちゅー?」
「ちがうっ! もう、用事があるなら早く言ってっ」

 ――うん。
 大丈夫だ。
 私は今本性を晒している。
 けれど電話先のアリチェに対しては、そんなことおくびにも出していないはずだ。
 今も、ちゃんと騙せている。

「んー、特に用事っていうわけでもないんだけど……」
「?」
「むー、ごめん。なんか急にかけたくなったんだよねー、なれなれしいかな?」
「もう、そんなこと……わたしの一番仲が良い友達って、たぶんアリチェだと思うよ?」
「おー。わたし、好かれてる? よすがの友達って何人くらいいるのかな、全国ランクな感じ?」
「……えっと。友達の数で言うと……ちょ、ちょっと少なめかな?」

 アリチェの他に友達と呼べる存在がいないのは、恥ずかしいので隠したい。
 高校の頃の友達とは、呪いの後で再会するのが辛かった。
 バイト先の店主のおじいさんと、一度だけいっしょに美術館に行ったことはあるけど……あれは友達でいいのかな?

「――でも、今日はいい人と知り合うこともできたしね」

 あるいは。
 マリナとは、今日友達になれたのだろうか。

「マリナのことか! いい人だよねー、おとなな感じ!」
「うん。仲良くなれたら、嬉しいかな……」
「うんっ。マリナはごはん食べに来ていいって言ってたし、今度二人でいこうよ!」
「そうだね。その後もしかしたら、三人で遊びに行けたりもするかな?」
「うんうん。マリナにどこ行きたいか聞いてさ――あ、でもね」
「でも、なあに?」
「よすがとも、二人で遊びに行きたいな」

 そう言ってくれることが、とても嬉しい。
 アリチェは私を、ふつうの女の子の友達として扱ってくれる。

「もちろんいいよ。予定はどう?」
「来週の土日はー?」
「昼間はちょっとあれだけど……でも、アリチェは昼に外を出歩くのは苦手だよね。夜からなら……」
「いいよー。わたしはいつでも!」

 学校や職場なんていうグループと関係なく出会って、そのまま友達になれた。
 それはアリチェが、私に友達になるだけの価値を認めてくれたということだと思える。

「わたし、よっこといろいろ話したいんだよね。いつでも、ゆっくりでもいいからさ」

 あるいはマリナもそうしてくれるかもしれない。
 こうして、私の装った仮面に、皆が価値を認めてくれるなら――

「――よすがはさ。なにか、わたしに隠してることあるよね?」

 瞬間。
 私の心臓が、凍り付いた。
 
「……え?」
「あ、ごめん。ええと、それが悪いっていうことじゃないんだよ――」

 アリチェが何か喋っている。
 その内容は明晰すぎるほど明晰に耳に届く。

「……あのさ、わたしもよすがに隠してることあるし。あたりまえだよね、それって」
「アリチェ……」
「でも、わたしにココロを開いてほしいっていうか……ちょっとさみしいっていうか……んー、やっぱりなれなれしいっていうのかな、こういうの?」

 けれどアリチェの声はぼやけている。
 わからない。会話というものができる気がしない。
 
「えっと……なんで、隠しごととか、そう思ったのかな?」

 なんとか、それだけ口に出せた。
 わからない。わたしの隠し方が下手すぎたのか。
 それとも、アリチェの勘が良すぎたのか――
 ――ああ。確かに、アリチェの察しの良さは並外れていた。
 わたしが雑談に混ぜるくだらない冗談には、アリチェは付き合って驚いたふりをしてくれる。
 けれど冗談にならない嘘については違う。私のいい加減なごまかしは、彼女はすぐ見抜いてしまった。

「んーと……よすがってさ、家で休むことをものすごく大事にしてるよね。遊びに出かけても帰る時は時間厳守だし、夜遊びなんてありえないっていう感じだし」

 それはそうだ。変身の魔術には効果時間の限界がある、深夜の外出なんてできる訳がない。
 けれど、それくらいならありふれているんじゃ――

「たまにさ。よすががわたしと別れて家に帰るっていう時に、ものすごくほっとした顔してるんだ」

 ――あれ、よく覚えてるの。
 アリチェはそう言うが、私は記憶があいまいだ。
 変身が切れるまでには余裕を持って家に帰るようにしている。なのに私は、そんな顔をしていたのだろうか?

「だからよすがは、本当の自分を、家の中に置いてきてるような気がして」
「その、それは……」
「あ、ごめん。問い詰めとかしたいんじゃないんだ、話したい時に話してくれればいいの」
「……それで、いいんだよね?」
「うん。よすががいやなら、もうわたしからこの話はしない。……ごめんね」
「あ、いや、アリチェ――」
「……ほっとしてたのは、わたしのことがきらいだったからじゃないよね?」
「――!」

 凍り付いていた身体に、灯がともる。
 本性を見抜かれかけた。そう思ってから今まで、私は生返事ばかりだった。
 でも、この言葉を流すのだけは、だめだ。

「き、きら……嫌いとか、ないから! 一番の友達だって言ったじゃない!」
「ん……そう?」
「アリチェは優しいし、かわいいもの! 見た目も心もきれいで、まるでお姫様みたいで――」
「……えっと。そこまで言われると、さすがの私でも照れますが」
「あ、ご、ごめん――でも、その……」
「――ん、わかった!」

 明るい声。それがとてもアリチェらしいと、わたしは思う。
 電話越しに、彼女の満面の笑顔が見えた気がした。

「じゃーよっこはわたしにらぶらぶっていうことでー。デートの日付はいつにするー?」
「何の話!?」
「さっきの話ですが?」
「……遊びに行くって言う話だよね、うん」
「ですよー」
「ああ、それなら――」

 ……結局、いつ遊びに行くかは決まらなかった。
 今日の電話は特に話題の脱線が多かった。話は長引くばかり、アリチェは学生寮から電話をかけてきたようで、最後は長電話をとがめられて切られてしまった。
 ただ、その時には電話が終わることを、名残惜しいと思うことができた。
 もう夜も更けている。
 ――アリチェのこと、大好きだから。
 この言葉を言えなかったのはなぜだろうと、そう思いながら、私は眠りにつく。


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