連続掌編『月に愛された男』(4)

「おまえは駄目人間だ!」
 なんとか振り払った弟に対して、僕の第一声はそれだった。

 きらきらと輝くようなブロンドは、何千もの人の髪を選別して織り上げたウィッグらしい。
 それにコートとその下のセーターは、僕のジャケットとシャツの何倍の値段だろう。
 耳元を飾るイヤリングも派手ではないが、決して男物でもない。
 そんな服装でしゃなりとしなを作る男を、二文字で言うなら……
 本物だ。

「そんな……お兄様ったら、ひどい……」
「ひどいのはおまえである事をこの町に宣伝していきたいよ!
 百歩譲って女装はいいとしても、そのまま外に出て僕にひっつくなんてどんな嫌がらせだ! 透子ちゃんドン引きしてたろ!?」
「えぇっ。透子さんも、『いい弟さんじゃない。それじゃ私、用事を思い出したからこれで』って言ってくれたのにー」
「それこそどう考えても緊急待避のセリフだ! 思い出せよ、あの透子ちゃんのニコニコした顔!」
「……ニコニコ?」
「いや待て、あれはむしろニコニコよりニヤニヤ……え、あ、あれ!?」
「んんー。これでわたしの趣味も公認ですね、お兄様っ」
「……公でもなければ認でもありません。後で透子ちゃんにはその趣味とか性癖とかを問い詰めていきたいが、その前におまえに言いたいことがある」
「なんでしょう?」
「近寄るな」
「そ、それだってひどいですっ! わたし、今はお兄様に触れてなんていないじゃないですかあっ」
「そう言いつつ、抱きつこうと……するなっ!」
「ひゃっ!?」

 ぱちんっ!

「………………あ、あう」
「……いや、驚きすぎだろ。ただの猫だましなのに」
「お兄様にぶたれたのかと思って……」
「軟弱者め」
「うう……なら、お兄様が鍛えてくれますか?」
「……き、きた? ね、猫だまし百回とかで?」
「ううん。そういうのよりもっと、手取り足取り……」
「…………」
「手と手を握りあううちに、いつしか高鳴る胸の鼓動……ふるえる唇……」
「…………」
「ね? お・に・い・さ・ま?」
「…………ぐすっ」
「ええっっ!!?」
「もうやだ、女の子と話したいよう……えぐっ」
「お、おにい……ちゃん?」
「セレネちゃんと話したい……透子ちゃんになじられたい……」
「お、おにいちゃーん。ボクが悪かったからさ、もう帰ろ? ね?」
「うー、うー……(うなずき)」

 ありがたいことに、二人で家に帰った後はすぐこいつは女装を解いてくれた。
 服は無地のパジャマ。生地は薄くも可愛くもない。
 ウィッグなし、イヤリングなし、メイクもなし(してたのか!)。
「そして今まで女装などしていた弟がこんなむくつけき大男だとは、誰が想像していたであろうか」
「お兄ちゃん、ボク身長153cm」
「……知ってるよー。僕は166だったっけ、おまえ透子ちゃんよりチビなんじゃね?」
「透子さん、綺麗だよね。ボクにも優しいし」
「え、おまえ透子ちゃんと知り合いだったの?」
「そりゃ、お兄ちゃんの幼なじみだし。いつもボクに優しくしてくれるよ?」
「う、ううう嘘だ! 透子ちゃんがこんなミノムシに優しくするはずなんか!」
「たまにケーキとか食べさせてくれるし……」
「俺なんかたまに靴底を食べさせてくれるよ!」
「ちょっと風邪ぎみのときとか、心配してくれる目があったかいんだー」
「身体を心配されてるようじゃまだ甘い! 僕の頭を心配してくれる透子ちゃんの視線ときたらゾクゾクするよ!?」
「お兄ちゃんって、もしかしてボクよりアレなんじゃないかな?」
「ドレだよこの野郎」
「最近お兄ちゃんが遠いなあ……」
「おまえの方が遠いよ!」
「それ、いっしょじゃん。それに、お兄ちゃんも……」
「ん?」
「……もうさ、高校生なんだね」

 僕は息をついた。
 まるで今この瞬間、僕が16年分の歳をとったみたいに。

「透子ちゃんもな。けっこうまえから、二人で高校生だよ」
「寂しいな。中学はいっしょだったのに……ボクも、高校になったら来てもいいよね?」
「他の学校も検討しなさい。そういう理由で他を見なかったら後悔するぞ?」
「ん、んんー……」
「それに、女装は……こう、ギリギリのところではまあ許せなくもない僕ですが」
「どっち?」
「どっちかっていうと許せない。いやそれより、あの格好で日暮れ時に一人で歩くなよ。洒落にならない事になるかもしれないぞ」
「むー。じゃあ、どうすればいいのさ」
「どっか雑誌にでも投稿するのがいいと思いますよぼかぁ。ネットはいろいろめんどいからやめとけ」
「それって実体験かな」
「帰れ」
「帰る? ……あ、お兄様の布団にですねっ」
「泣くぞ!? それ泣くぞ!?」

 それでも弟は、ちょっと気をつけるよ――と言ってくれた。
 なんだかすごく楽しそうに、笑いながらだが。

「ね、お兄ちゃん?」
「あとな、おまえが昔からやせてるのは知ってるが、ダイエットとかやりすぎてないよな? そろそろ身体もゴツくなるだろうけど、気にしすぎたら……なんだよ?」
「おにいちゃん、優しいよね」
「…………」
「優しいから、好きだよ」
「…………」
「…………」
「…………」
「えへへ」
「…………うわあん!」

 結局僕は泣かされた。

4件のコメント

  1. なんですかこの夫婦、もとい変態兄弟漫才はwwwwwww
    腹痛てえwwwwwwww

    ところで弟君の源氏名なんて言うんですか

  2. へへへ変態ちゃうわ!
    や、感想ありがとうございます。
    弟の名前、最後に書こうと思ってたんですが忘れてました。キョンとキョンの妹みたいに書かないままでいるのもアリっちゃアリですが。

  3. 男ふたりしか出てないのに!<エロい
    これは他の作者の方でもおおむねそうだと思うんですが、直接リクエストをされると、俺はその要望をそのまま頑張って実装する事が多いです。
    もちろんケースバイケースではありますが。

匿名 へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です