セレネちゃんの瞳は、澄んだ湖底のように綺麗な青色だった。
だからその瞳が黒く変わる時、もう〈代理人〉は〈代理人〉じゃなくなる。
今僕の目の前にいるのは、普通の人間の女の子だ。
「説明しなさい」
彼女が僕の方に鋭い視線を向けた。擬音にするなら、“きっ”ていう感じで。
この女の子は僕の幼馴染でもあり、今では同じ高校のクラスメートでもある。
「説明?」
「とぼけないで。あたし、つい数秒前まで家でくつろいでたのよ? なんでそれが、あんたの目の前にいなきゃならないの」
「あー……そりゃまあ、疑問にも思うよな」
「そうよ。それに一度ならまだいいけど、これで何回目だと思ってるの」
「しかもその時には、決まって僕がいたと」
「いたと、じゃなくて。ほら、あたしの事を見てたんならちゃんと見てきた事を言う」
「実は君は月の女神に憑依されてたんだよ。ついでに言えばその女神は僕とらぶらぶちゅっちゅな関係なんだが」
「へー」
「……全く信じてないね?」
「十歩譲ってあたしがそういう妄想を発症してたとしても、後者はありえないわ」
妄想かよ。
彼女は昔から頭が良かったし、これで柔軟性もあるんだが、さすがにセレネちゃんの事を信じられるほど柔らかい頭じゃないらしい。
もっとも僕の方も、〈代理〉の秘密については本当に理解してるわけでもなんでもないんだよなあ。
「……なに見てるの?」
「いや、僕と君も付き合いは長いけどさ」
「?」
「最近とみに胸が大きくなったな、って」
「…………」
「柔らかそうだよね」
「そうね」
「スルー!?」
「そして殺すわ」
「そして!? ゆ、許してくださいお願いします!」
「はあ……あんたはあたしの事を、何だと思ってるの?」
「……つ、ツンデレ?」
「ふざけんな」
超土下座した。
“謝るくらいならセクハラしなきゃいいのに……”と呆れた表情で見下される。ちょっと快感。
「……もういいわ。その代わり、ひとつ聞いて」
「お、おお。なにかな?」
「そろそろ帰りましょう。暑いし、蚊がくるし」
「順当だなあ。この場合“何かおごって”とか言うのがパターンなんじゃないの?」
「そんなの、食べ物でごまかされてるみたいで嫌よ。あんただって嫌でしょうに」
「いやいや。僕は君との仲を取り持つためなら、食べ物くらいはいくらでも」
「いいってば」
「じゃあ、君と僕の仲を縮めるために! さあ近所に美味しいパスタのお店があるんだ、さあさあさあ!」
「はん」
「鼻で笑われた僕の青春!?」
「……誰にでもそういう事を言っちゃダメ。だから親しい子ができないのよ、普通はいきなり口説かれても気持ち悪がるだけよ」
「せ、正論だ! 正論が来たよお姉ちゃん!」
「誰がお姉ちゃんか。……相手の身になって考えてみてよ。もっと性別以前に、身近な親しい関係を……」
「いや、僕は女の子が大好きなんだよ! そんな僕のどこが間違ってると!?」
「方法」
「ギャフン!」
「……というか、そんな手広くやらなくてもいいのに」
「え?」
「だいたいわたしがいるのに、どうして他の子に手を出すかなあ……」
「え、え?」
「ゼロ距離がいいのかっ! 本当の身体とぎゅーしたりちゅーしたりしたいのかっ! それとも婚姻届でも出したいのかっ!」
「げえっ! セレネちゃん!」
ジャーン! ジャーン!
やはり会話主体だとテンポ良く感じますね。…や、会話のノリでテンポが良くなってるのか…?
最後の「ジャーン! ジャーン!」、なんか吹きました。
月と恋愛するというところに驚き。だって衛星ですよ衛星!
普通そんなの思い付かないよ!
俺も考えついた時にはそう思ったんですが、実は知人が以前にほぼ同じ発想のキャラを出してたりしますウフフ。